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2016年9月 5日 (月)

レイアウトジオラマテクニックを学んだ資料

自分が鉄道模型ジオラマレイアウトや模型工作のテクニックを学んだ(といっても、たいした技量を身につけているわけじゃないんですけど)のはこういう本で、鉄道模型の雑誌からじゃありませんでした。現在では鉄道模型分野でも様々な良い資料が出版されていますし雑誌でも丁寧なテクニック解説記事がみられますけれど、当時はかなり事情が違いました。

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レイアウトテクニックとかレイアウトモデリングなどTMSから出版されていた本は、みなレイアウト製作記事の寄せ集めで、テクニックそのものを取り上げて系統的に丁寧に解説したものではありませんでした。ですから、それらの記事の記述から文字通り見よう見まね、盗むようにしてテクニックを身につけていく努力が当時の鉄道模型モデラーには必要だったわけです。じっさい、記事にはほんとに基本的な工具の使い方や本当に参考になるようなコツに類する事柄は書かれていませんでしたから。

そこへ出てきたのが上の画像のような、工具の選び方や工作の基礎から懇切丁寧に写真入りで説明された解説本でした。左のHow to build Dioramasディオラマの作り方は昭和56年、右のモデルメーカーズハンドブックは昭和62年の出版です。どちらも欧米人の著作の翻訳本ですので、当時の日本では手に入らない素材や、なじみのない応用できないようなテクニックもたくさんありましたが、それでも十分以上に学ぶところの多い資料でした。

鉄道模型の世界でも海外ではデイブ・フレイリーのHow to Build Realistic Model Railroad Scenery (Model Railroad Handbook)などのジオラマテクニック本が何種類も出版されていましたが、翻訳されて国内で出版されることはありませんでした。他にも米国を中心にシーナリィやストラクチャー製作の様々なガイドブックやインストラクションビデオがあって、海外通販やTMS経由で手に入れたりしたものでした。正直言って当たり外れは大きかったですが。

昭和61年には田宮からこういうガイドブックも出ていました。そのジオラマテクニックのレベルはスケールの差ということもありますが、当時の鉄道模型レイアウトのシーナリィテクニックを遙かに超えていたように思います。下の画像の跳ね橋の水面の色と波の表現をみてもそのレベルがわかります。

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当時も、ひょっとしたら今もかもしれませんが、プラモの世界の方がうんと懇切丁寧でまた先進的だったように思います。各種雑誌の記事内容も、プラモ雑誌のほうが非常にテクニック的に参考になる記述や写真にあふれているような気がします。

じっさいのところ、雑誌に発表される著名な鉄道模型モデラーのすごい作品を除けば、プラモその他の分野のジオラマテクニックの方が技術的、アート的にレベルが上のように感じることもしばしばです。それでも鉄道模型の分野は他の分野のモデラーからは一目置かれているように感じますし、市販されて容易に手に入る素材やストラクチャーキット、人形、小物なども豊富です。これはいったいなぜなのでしょう。とても不思議に感じています。

2016.9.6追記:

”素材やストラクチャーキット、人形、小物などが豊富なのは、欧米の鉄道模型が早い段階から「システムとしての鉄道」の模型を目指していたからではないでしょうか。”というコメントをいただいて、なるほどそうかもしれないな、と思いました。鉄道模型趣味は、古くは汽車車両の模型から始まって次第に鉄道運行システムの再現、それにシーナリィを付け加えてジオラマ化パノラマ化していくという過程を踏んでいるように思います。

そこで特徴的なのは「汽車が動く」ということ。よく言われるように車両たちが役者で線路やストラクチャー、シーナリィは舞台セット、バックドロップは書き割りに当たるのですね。当然フィギュアなどもその中に含まれます。だからそういうものが充実していて、それで全体として役者の演技を引き立てるわけで、それらの細々したものや書き割り自体はそれほどリアリスティックなものでもアーティスティックなものでもある必要は無いわけです。そこは演劇の舞台セットと同じく想像力と感性で補うべきところですから。

それに対して、プラモデルやドールハウスなどのジオラマの世界では、メインとなる乗り物や建築物、フィギュア、ドールを含め、切り取られたシーンそれ自体が「立体絵画」ともいえる、どちらかと言えばそれだけで完結したアート作品になっているわけで、そこにリアルさ、繊細さ、アーティスティックな表現方法含め、鉄道模型ジオラマとの決定的な差があるのではないかと思うわけです。もちろんコンペ入選作や著名な方々のアート作品とも言えるような鉄道模型ジオラマレイアウトもたくさんあって模型雑誌の誌面を飾ってはいますが、我々フツーのモデラーレベルで考えたらプラモの世界とはかなり状況が違うように思えてなりません。ホビーショーのモデラーズクラブ合同作品展などを見ればその感覚がわかってもらえると思います。

そういうことを考えていくと、ファッションやアクセサリー、工芸品などの手芸の世界も、人が身につけたり実用品として使う作品であるという前提と制約が大きく影響するという特徴をもつ、また別の価値観によるアートの世界があるような気がします。

まあ、ここで取り上げたような趣味はどれもいわゆるサブカルチャーといわれるものなので、こういう分析をしたところでべつにどうと言うこともないのかもしれませんけれど、そこはそれ、美術館に収められたりセレブな富裕層がコレクションするような高尚な芸術、アートに限らず、自分たちの手の届く世界でもその表現の特徴を考えていくといろいろとおもしろいことがわかってくるなあ、とこれも楽しみの一つかなと思っています。

2016.9.7 追記;

”ウェザリングの概念や手法が1950年代に角倉氏などの手によって紹介されたにも拘らず、ナカナカ定着しなかったのは何故なんでしょうか?”というコメントをいただきましたので、少し考えてみました。

ウェザリングが一般的になったのはやはりジオラマという概念が鉄道模型の中で普及してからではないでしょうか。それまでは、動く模型であったとしても展示見本模型のような扱いで、ロールアウト直後のまっさらで美しい状態を再現することの方が重要だし好まれたのだろうと思います。それは自動車模型(ミニカーが典型的)でも飛行機や船舶の模型でも同じでしょう。それに、現役で大事にされている車両、船体、機体はむしろ隅々まで磨かれて綺麗に手入れされているのが普通でしょうし。

AFV(航空機含む)のウェザリング表現の発展はジオラマ表現や現場活動中の現役車両の実感を求めた結果でしょう。そこで初めてファインアート的表現に近づいたのではと思います。それまでは良くて工芸品、普通にはおもちゃという認識だったでしょうし、いまでも一般的にはそう考えられていると思っても間違いないだろうと思います。自分的には模型=おもちゃで一向に構わないと思うんですけどね。あまり肩肘張らない方が楽しい気がします。もちろんそのなかからアートとして認められるものも出てきて当然だとも思いますし。

角倉氏のウェザリングはそういうアートとしての方向性をもつものだったのかもしれません。工芸品でもあえて繊細な汚しをかけて風合いを出すということがあるのと同じ感覚ですね。あのような現役として大事にされながら使い込まれているような美しいウェザリングは素敵だと思います。ただ、AFVの世界では、凄まじく汚れたり傷ついたりしている様子を表現することがそれにあたるわけなので、そこをどう認識するかが興味深いところです。

余計なことを一言付け加えると、わたしの場合は美しい工作や塗装、ウェザリングをしたくても腕が追いついていかないので、もっぱら”印象派風”と称していい加減なイメージ優先でごまかしているのが”忸怩たるところ”であったりします。

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コメント

おはようございます。素材やストラクチャーキット、人形、小物などが豊富なのは、欧米の鉄道模型が早い段階から「システムとしての鉄道」の模型を目指していたからではないでしょうか。

おっしゃる通りかもしれませんね。たしかに欧米ではまずは鉄道のシステムを再現して楽しむところから情景付きのスタイルに発展していったという経緯は大きいと思います。すこし本文に追記しておきました。

初めまして。毎回楽しく読ませて頂いております。
さくてつさんの仰る通り、鉄道模型をシステムとして捉えられた、或は売り出された歴史の違いだと思いますね。
今のNはメーカーが線路まで供給してるのでシステムと言えますが、昔ならカツミでしたっけ? 金属道床の線路システムを売り出し、それに付随する簡単ではあるにせよブリキ製のストラクチャーまで売り出してましたからね。

で、システムと言えば、米国ではクラブ・レイアウトなんて正に鉄道運行システムの再現をやってるワケで(コンピューター・ハッカーの歴史がこれに始まるのは有名な話)、そんな鉄道システムの再現が昔からあった歴史的な背景から製品の凄まじいまでの種類と量の氾濫に至ってるのでしょうね。(説得力あるのかな?)

話は少しズレるかも知れませんが、ウェザリングの概念や手法が1950年代に角倉氏などの手によって紹介されたにも拘らず、ナカナカ定着しなかったのは何故なんでしょうか?

おはようございます。本題からはずれたコメントで申し訳ないのですが、Juniorさんのコメントに触発されたので一言だけ。角倉さんのは現代の私達が考えるようなウェザリング(リアル感の表現・・・ある意味で想像力と感性をスポイルする面もある)ではなくて、あの方独特の色彩表現だったのではないですか。NGJ関西の会合で話題にしていただきたいものです。

Juniorさん

そうですね、鉄道の場合は実物も線路や駅舎などの施設を含めたシステムとして認識されているということが大きいのでしょうね。
自動車や船、飛行機の模型は車体、船体、機体のみで模型として成立してしまいます。というより、港、空港は模型とするには大きすぎるし、車庫やカーポート、駐車場は模型対象とするほどのものでもなく、整備工場もあまり馴染みがない特殊なシーンになってしまいます。そして動く場所は普遍的な道路か海、空という自然環境ですから。まあそれだけ想像力を働かせイメージを膨らませられるという利点もありますが。

走行環境を含めたシステムとして販売されたものとしてはスロットカーがありますが、あれはあくまでもサーキットという特殊環境ですから、鉄道のような運行システムやジオラマとしての発展性はあまり考えられませんね。

ウェザリングについては、またすこし本文の方に追記しました。

さくてつさん

たしかに角倉氏の作品はジオラマを前提としていない、というところで汚しを目的としたウェザリング表現とは趣を異にするものだと思います。本文の追記の方にもちょっと触れてみました。

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