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2013年1月27日 (日)

ウェザリングについて(長駄文注意)

ウェザリングという言葉はいまや模型に関係のない人まで使うようになりました。

たとえば、衣料小物関係などでも、

=ウェザリングキルト ≪ボストンバッグ≫=
Weatheringとは、「汚れ、風化」などの事で、使い始めから長年使い込んだ様なヴィンテージ感を革への染色と加工で表現しました。

なんて説明が普通になってきているんだからその浸透の度合いには驚くべきものがあります。

でもねえ……、

と、ここからが、毎度おなじみ皮肉混じりの感想です。やなひとはここで潔く最後のほうのパラグラフまでスルーしてください。最後のほうにはちょっとは参考になるかもしれない情報orアイデア?がまじってるかもしれません。(笑)

鉄道模型のウェザリングは、最近、ちょっとやり過ぎの感があるように思うんですよね。

これがミッション中のAFVだとか軍用機なら良いんですけど、鉄道は廃業間近とか、人間の屑以下のチンピラやくざイデオロギー労組員様とかここにあえて文字に表すことをはばからざるを得ないある種の歴史的社会的民族的特権階級の方々とかが我が物顔に跋扈しておられるとかでもないかぎり、常識的に考えて安全上からも運行にかかわる職員のプライドや機械に対する愛情(のような人間ならかならず持っているはずのメンタリティが薬にしたくとも無いのがあの方面の方々です)からも、しっかり整備されているのが当たり前というか基本だと思います。だからどんなに古い機関車でも車輌でもよく手入れされ磨き込まれているのが普通じゃないかなあと。もちろん木造部分の割れや摩耗、金属部の変形や傷、腐食、塗装の傷みがあったり、部材の継ぎ目や隙間、奥まった部分に煤や汚れ、錆などが残っているにしろ。

ですから、最近の雑誌に紹介されている埃と錆と汚物がこびりついたようなすさまじく汚い機関車の屋根や下廻り、全体に塗装が劣化し錆や水垢がまとわり染みついたような薄汚い車体の実感的な塗装方法なんてのは、たしかに一つのすぐれた技法なのかもしれませんけど、好きになれません。AFVや軍用機の戦闘などによる汚れや傷の表現とは本質的に違うものですしね。単に手入れを怠っているだけ、整備不良の薄汚い汚れなんか見ただけでもぞっとするとおもうんですが、そういうのは私だけかなあ。

あれって、たとえば腐って刺激臭を発しているようなウニの塩辛の瓶詰めを「これぞ本物の発酵だ」とかなんとか言ってありがたがって食べてるのとたいして違わないんじゃ無かろうか……

……なんて、また口の悪いことを……我ながらこの皮肉屋の性格って何とかならんのかなあ、性格悪いよなあ、と毎回反省しきりですが、もう書いちゃったんだしまあいいかと……(苦笑)

あ、廃車体とか廃墟とかの表現なら、それはまた別の話ですよ。念のため。それはそれでまた別の美意識ってのがあります。すごいテクニックやセンスがいるものだと言うこともよっくわかっているつもりですし、自分にはちょっと無理だと言うことも認識しています。その上でのおはなしですので、そのところ誤解のありませんように。

そういや、ぜんぜん関係ないんですけど、最近キムチ食べられなくなっちゃったんですよね。あの臭い、しばらく前から自分の中でなんか腐臭と区別がつかなくなってきたみたいで……そのきっかけが不明。加齢による体質や好みの変化のせいなんですかね?。もともとキムチって刺激臭もあるし刺すような味がすることも往々にしてある食べ物なんだからあの味で良いんだと思うんですが、いったん味覚嗅覚が受け付けなくなると駄目なんですね、食べ物って。

はなしをもどして、とにかく、汚い機関車は大嫌いです。もちろん薄汚れているのもとっても厭ですし、それこそ汚物にまみれているようなのものなんてのはもってのほか。美しく汚れた機関車なんて現実には存在しないと思います。あるとしたらそれはAFVや軍用航空機で見かけることのある良くできた迷彩塗装のようなものじゃないでしょうか。

だから、よく手入れされ磨き込まれた古い機関車、冒頭に挙げたボストンバッグのウェザリングの説明じゃありませんが、「長年使い込んだ様なヴィンテージ感」を感じさせるような燻し銀的な、それでいてぴかぴかの機関車が理想。私の好みです。

けれど、これがむずかしいんですよね。どうやったらそんな風なテイストを出せるのか。

ひとつ参考になるのは、ローソクの煙でいぶす方法ですけれど、プラスチック製品全盛の現在ではなかなか試すわけにもいきません。ローソクの炎の上に持っていったりなんかしたら、あっけなく溶けちゃいますもんね。

でも、ものはためし、箱から出したばかりのきれいに塗装された傷一つ無い製品に菜種油などを燃やしてつくった油煙を筆ですり込んでみるのもありかな?などと考えているところです。あ、そういやエコーモデルで売られているウェザリングブラック、あれ、ちょうど油煙みたいなもんですよね。たしか持ってたはずなんだけど、こんど自宅に帰ったら塗装ウェザリング関係の材料箱をひっくり返して探し出して、ちょっと真剣にその効果を試してみようかな、と思います。
 
 
追記;

ちょっと検索してみたら、以前にもウェザリングについて書いてました

そのころから、やっぱりぴかぴか&薄化粧のほうが好きだったみたいです。(笑)

追記その2;

鉱山、炭坑鉄道などのナローの場合はどうなんだ? 基隆炭坑とかペルスの写真集みてたら、すごいよごれてるじゃん、という意見もあろうかと思いますが、私はあれは手入れ不足の汚れじゃなくて、ミッション中のAFVや軍用機と同じ種類の汚れと見なします ^^;

だって、泥を塗ったりぼろ布で穴を塞いだり、トタンで錆びた屋根をおおったり、精一杯の対策をし、毎日降り掛かるばい煙や粉塵、鉱滓などにまみれて働いているにもかかわらず、白黒の写真を良ーく観察すると、曲がってひずんだ運転室の窓枠やバルブ部分、下回り可動部分などはちゃんと油が注されて拭われ光っているのが観察できますもんね。

ということで、あの汚れは、誰が何と言おうと、サボりによる手入れ不足やましてや人間の心を持たない社会共産系イデオロギー階級闘争フェチ(笑)チンピラ労働者の意図的な整備不良による薄汚い嫌悪感を催す汚れではない!という独断と偏見を強引な結論とします ^^;

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コメント

 ウエザリングに関する偏見?は自分も同じです。今回のコメントには非常に共感を覚えます。福島のW師匠のウエザリングも女性の薄化粧のような気品はありますが汚くはありません。自分もW師匠のような仕上がりを目指しています。旧いTMSでなかお・ゆたかさんが「何となく小汚い模型」と表現された事を今でも思い出します。汚れや経年変化の表現は押さえ気味で、古くても手入れされてますよというイメージが好きです。

超長駄文を読んでいただいて恐縮でした。
指折りのロコビルダーのコンさんにも同意していただけたとは、光栄です^^;
しかしウェザリングは難しいものですよねえ。
今日も本屋さんでアーマーモデリングやモデルアートなどの雑誌を見てきたのですが、あの表現力は単なるウェザリングとは違うセンスに基づいたジャンルのテクニックなのではないかと感じた次第です。

立体感や陰影の強調と、風合いや実在感の表現と、汚れた感じの表現と、どこに重きを置くのかで違ってきそうです。個人的にはあんまり汚せない人です^^;

ミリタリーモデルの塗装テクニックは、油彩画を見てるような感覚になることがあります。リアリズムとはまた違った感じで。

私はまた少し違った見方ですが、基本的にウエザリングはしません。できないという技量の問題もありますが、車輌は新製されたピカピカの姿が一番綺麗だからです。
また私は「模型と実物は似て非なるもの」と捉えておりますので、模型に実物のように、軽く汚れた姿を求めません。いかにリアリティーを求めても、16番での線路幅の違和感、1/87・12mmだって線路の厚みやフランジの高さまで正確にはできていません。またレイアウトでも、例外はありますが、基本的に動いているのは列車だけで、人も車も動きません。その不自然さを考えると、模型は模型と割り切って、シーナリー無しの線路を綺麗な車輌が走るのを観賞するのがいいのかな、と考えています。
いささか脱線しましたが、私の持っている模型は全てピカピカです。

洞爺鉄道さん
ウェザリングと言うよりは、デッサンなどの陰影や質感の表現の議論に近くなってきちゃいましたね。
模型は立体絵画といってもいいのかも。というわりにはartとして認められていないのが不思議です。
ミリタリーもののジオラマは欧米ではすでに一部はartとして認識されているのかもしれませんね。だからこそあのような表現が出てきているのかも。なんか本質的な違いを感じます。

つのすけさん
ですねえ……工芸品としての評価基準としてどういう視点を採用するかにかかっているのかもしれません。
鉄道模型の場合はそこに走らせると言う機能がくっついたばかりに、軌間とスケール、ディテールの機能としての必然性などがごっちゃにからまって議論されるという不幸な状態が生まれているのかもしれませねん。
だいだい、アンティークブリキおもちゃの世界なんて、スケールどころかデフォルメも糞もあったモンじゃないようなしろものがart然としてまかりとおってますからねえ。まあ、投機対象としてのブツであれば、目的が違うのですからそれで良いのだと思いますが。

鉄道模型でのウェザリング
→使い込まれた感じ

ミリタリィでのウェザリング
→酷使された感じ

僕のイメージですが・・・

トトロさん

どちらにも、手入れを怠った感じ、というのはあてはまりませんね ^^;

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