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2010年6月30日 (水)

内田 樹 著「日本辺境論」読了

内容書評はあちこちネット上でも紹介されているので、そちらでどうぞ。

自分が伝統的日本人社会コミュニティー?にどうもしっくりとなじめない理由が、一種の嫌悪感と共に理解できた一冊でした(^^;;;

本書の主題をなす部分ではありませんが、下記の記述は、hit the spotでしたので、備忘用記録として引用しておきます。

この「ブリコルール」の習性って、物作りをするひとの属性でもあるのではないかと思ったりもします。特に"Ca peut toujours servir"(こんなものでも何かの役に立つことがあるかもしれない)というフランス語は気に入りました(^^;;;

(引用始め)
 資源の貧しい環境を生き延びるために人間が「その有用性や意味が現時点ではわからないもの」の有用性や意味を先駆的に知る能力を発達させるのは類的にはごく合理的な振る舞いだからです。
 このような能力を選択的に開発する人のことをクロード・レヴィ=ストロースは「ブリコルール」(bricoleur) と呼びました。「あり合わせのもの」しかない、限定された資源の中で生活している野生の人々を指してこの言葉を使ったのです。「ブリコルール」とは辞書的には「便利屋」のことです。そこらにあるありあわせの道具とありあわせの材料で器用に棚を作ったり犬小屋を造ったりする人のことをフランス語でそう呼びます。
(中略)
 レヴィ=ストロースは彼が『悲しき熱帯』でフィールドワークをしたマト・グロッソのインディオ裸族たちのことを念頭にこう書いています。「彼の道具的世界は閉じられている。そして、ゲームの規則は『手持ちの手段』で何とかやりくりするということである。すなわち、ある限定された時点で手元にある道具と資材だけで、ということである。加えてこれらはまったく雑多なものである。というのは、これらの道具と資材はいずれもその時点での企図とは無関係に集められたものだからである。というより、そもそもいかなる特定の企図とも無縁なのである。それらはストックを更新したり、増やしたり、あるいは何かを作ったり壊したりしたときの残滓でストックを補充したりする機会があるごとに無計画に収集された結果である。ブリコルールの持ち物は何らかの計画によって定められたものではない。(……)それは道具性に基づいて定められるのである。ブリコルールたちの口ぶりを真似て言えば、彼らの道具や資材は『こんなものでも何かの役に立つことがあるかもしれない』(Ca peut toujours servir) という原理に基づいて収集され保存されているのである」
(中略)
 わからないけれど、わかる「その意味を一義的に理解することを許さぬままに切迫してくるもの」について「理解したい。理解しなければならない」ということが先駆的に確信されることが「学ぶ」という営みの本質をなしている。その前提については洋の東西で違いはありません。ただ、それを記述するときの筆致にはずいぶん違いがあるように思われます。
 西欧哲学の枠組みの中では「先駆的な知」は相当に堅牢な基盤を持っています。「どういうワケか、わからないはずのことが、わかる」ということはもちろん世界中何所でも、あらゆる社会で経験されている人間的事実ですから、それを説明する言葉はどこにでもある。西欧哲学ではこれに「アプリオリ」(a priori「より先なるもの」)という述語を当てます。
(中略)
 先駆性というのは、「これから何が起こるかわからないのだが先駆的にわかる」ということなのですが、それは「どこかよそに台本があるから」とか「設計図があるから」という話ではありません。台本や設計図があるのでわかるのなら、「わからないけど、わかる」とは言いません。そんなものがなくてもわかる。ただ事が終わったあとになって懐古的に見るとあたかも設計図があったかのように思える。それと潜勢的な仕方で設計図は描かれていたのだというのとは違う話です。
 先駆性というのは、「機」の時間論のところで述べましたように、後から見るとそれから起こることを先取りしていたように見えるという事後的印象のことであって、行動しているリアルタイムでは自分が何をしているのかを先取りしているわけではありません。「石火之機」「啐啄之機」の論件で述べたように、先取りすると後手に回るからです。「先取りする主体」というものを想定してしまうと、出来事が起きる前に、それを先取りして準備している主体がもう存在することになる。そして、準備するものは必ず遅れる。入力を待ち、それに反応する限り、必ずそこには隙が出来る。だから待ってはいけない。
(引用終わり)


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