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2010年6月12日 (土)

実物を知らなくても模型はつくれる。

今回は、エラソーなことをひとくさり。

モデラーに贈る至言として、

「実物を知らない人が作った模型は、なにかどこかがおかしくなる」

という言葉があるのだそうだけれど、これは違うと思う。

「構造を理解していない人が作った模型は、なにかどこかがおかしくなる」

が正しい。

実物を知って(見て)いても、その働きを理解せず形態をまねることだけが目的になっている場合、観察する角度や錯覚によって頭の中に再構築された形態が物理的、力学的,、機構的におかしな構造になってしまってもなんら疑問を抱くことはない。そんなふうにして把握されたイメージに基づいて作られた模型は、当然、「なにかどこかがおかしくなる」。

逆に、実物を知らなくても、ある目的を果たすモノを模型化しようとしたとき、その働きや構造を理解していれば、実物そのままの形態ではなくとも、物理的、力学的、機構的にも、形態的にも、なにもどこもおかしくない模型を作ることが出来る。

想像力を働かせて一からデザインすることによって、既存の実物よりも合理的かつ斬新な形態の模型を作り出すことだって出来るはずだ。

また、模型には模型として、その縮尺で要求される機能を果たすために必要な構造や形態がある。それは実物どおりの構造や形態を縮小するだけでは実現することが出来ない構造や形態であったりもする。

だから、

「実物を知らない人が作った模型は、なにかどこかがおかしくなる」

という言葉は、正確ではない。

この言葉を、金科玉条としていては、模型作品として機能的にも形態的にも美しく満足の出来る作品を生み出すことも出来ないだろう。

模型は、実物の縮小コピーではない。実物そのものの代替品でもない。模型は、それそのものとして完結した一つの表現形態なのだ、と思う。

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コメント

確かにごもっともなお話で、
穴があったら入りたくなる気分です(泣・笑)。
当社が失敗を繰り返している原因は、
まさにこの部分なのですが、
私の貧脳ではなかなか
実物の構造が理解できないんですよねー(泣・笑)。
なので、いつもやっぱりダメだったか…
ということが多いんです(泣・笑)。
まっ、それはそれで楽しいと言えば楽しいんですけど…(泣・笑)。
でも、逆に、とても無理だナーなんて思ったことが、
実際にやってみるとできたりすると、
やってみるものだと自分に言い聞かせてみるのです(笑)。
でも、これも自分が実物の構造というか、
原理をよく知らなかっただけで、
現実的には可能なことなんですけど…(泣・笑)。

行き着く所はフリーランスですね。

どてかぼちゃさん

いーえ、15インチなどというスケールになると、それはもうナマで実物をつくっているわけで、ここでいう模型とは意味合いが違ってくるとおもいます。

というか、そもそもそれが「模型」であるという概念がないわけですから、目的とする機能を果たすものをそのままオリジナルとしてつくっているわけですね。

これは、正直言って羨ましかったりもします。ミニチュア模型の場合は、好むとこの混ざるに関わらず、どうしてもプロトタイプ?と比較して、いろいろいいたがる傾向のある実物ファンが出てきます。

いっそプロトタイプのないフリーランスやオリジナルであったら、こんどはそれは「模型」ではない、「模型」としての価値がない、というような議論に発展したりしてしまいがちです。

模型っていうから、おかしくなるのかもしれませんね。ミュージアムアイテムのミニチュアモデルとオモチャとして楽しむ模型とは、本当は全くの別物なのかもしれないと思います。

ねぎぼうずさん

フリーランスというのは便利な言葉なんですが、これまたプロトタイプあってのフリーランス、と考える向きのかたがたもおられて、これまた堅苦しい事になりがちなような気がします。

模型は模型、オモチャとしての模型、アートとしての模型、試作品としての模型、でいいんじゃないでしょうか?

低次元の話で恐縮ですが・・・
クハ481電機釜に関しては最近のトミーの新製品より
数十年前のカトーの方が好きです。
関水から181系が登場して間もない頃、ペーパーで
コレに挑戦しました。TMS誌でHOの記事が出ていた
のを参考にしました。ボディーも出来上がりパテ肌の状態で下回りに取り掛かり、一番悩んだのは「先頭台車の位置」でした。ちゃんと造ろうとすると、何か
イメージと違うんです。結局、その200番台は未完のまま鉄から遠ざかりました。
いかに構造上 「変!」 であっても 
リアル485世代の私としては
リアル な トミー より
変な カトー の方が
模型として より リアル に感じてしまうのです。
変 な話ですみませんでした、忘れてください。^^

齋藤電鉄ryuさん

「なにかどこかがおかしくなる」という基準の軸足をどこにおくかによるのだと思います。
例えばミニカーの場合は、実物をそのまま縮尺してしまうと、実物のイメージとはかけ離れたものになってしまうので、各部の比率を変えているそうです。つまり、小さな模型を上から見下ろしたときに、それを見るひとの頭の中で実車のイメージと合致するようなデフォルメを施しているということですね。
構造については、模型には模型の構造がありますし、あくまでも頭の中にあるイメージを再現する為にということであれば、実物の構造をなぞる事にはこだわる必要はないのではないでしょうか?
実物ファンが模型を見るときの感覚は、私には想像がつきませんが、他人がどう言おうが、それぞれがそれぞれの基準で納得のいくように模型をつくればいいのではないかと思います。

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