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2008年6月20日 (金)

鉄道模型(趣味と年齢)について

ネットで、こんな文を見つけました。

(前略)
>年齢と趣味、これは関係がないと言いたいのだが、やはり関係はあるだろう。
>一般に言えば、汽車のおもちゃは子供の遊び、鉄道模型はそれより少し年齢が高いだろうがやはり子供の遊び、と思っている人が多いのでは無かろうか。
(中略)
>私など好みは確かに変わってきている。しかし。年齢に応じた深みや味が出ているかというと、疑問であるが、その辺が一般人から見ても、明らかに年齢相応の趣味と見なされ無いゆえんかも知れない。
>難しいことはさておき、一般の人が子供の遊びだと思っている鉄道模型、作って見ろ、さわって見ろ、修理して見ろ、と言いたいね。
>そんなことを言っている奴らに出来るか、電気の知識、工作の技術、、等々。
>例え完成品を買ったとしても、それをセンス良く飾ったり、走らせたりするのにはそれなりの知識と経験が要るのだ。
>というか、やはり、おのずと年齢が出てくる。それで良いのだ。
>若ければ若いなりに、壮年期はそれなりに、年をとれば年なりに、ということだ。
>それを全部ひっくるめてこどものおもちゃと一緒にされてはかなわない。

引用元はこちら

文章そのものの品というかテイスト以前の問題として、言わんとされているらしいことに、少々首をひねりました。

私の場合は、鉄道模型(模型鉄道)の趣味(遊び)は、子供のおもちゃ遊びとちっとも変わりません。だから「年齢に応じた深みや味」とか「年齢相応の趣味」という発想は意外でした。

注記:この場合、趣味といっているのは、日本的意味での趣味=遊びであって、研究的、創造的意味はあまりありませんので、ご注意のほどを。なんてったって、各種スポーツはじめ、パチンコや麻雀、ゴルフや飲酒まで趣味と称するお国柄ですから(^^;;;、でも、そういう意味では、「年齢相応の趣味」という感覚がなりたつかも。

ですから、「全部ひっくるめてこどものおもちゃと一緒にされて」まったくかまわないと思います。

じっさいのところ、鉄道模型でもなんでも、趣味や遊び、さらにあえていうならアート(芸術、技術含む)に係わることに関しては特に、楽しみ方も、お金の使い方も、手間や時間のかけ方も、知識や技術の優劣も、さらには経験についてさえも、本質的に年齢の差より、個人的な差(才能、センス、工作能力、体力、根性(ガッツのことではありません。根性がいいとかわるいとかいう、つまり性格のことですので念のため)、忍耐力、経済力、育ちの良さ?を含む)のほうが大きいと思うからです。

たったひとつちがうことがあるとすれば、ある種の大人の場合、自分が所持する鉄道模型のコレクションに経済的価値を期待したり、値上がりを期待したりすること、くらいかな? つまり、邪念が入ってくるわけですね。

これは、あくまでも、まったく子供と同じ感覚で鉄道模型をおもちゃとして楽しんでいる、進歩成長のない私個人の感想です。

ようするに単純で幼稚な私は、実物に関する興味も知識もほぼゼロに近いし、どうやら正当派の鉄道ファンや鉄道模型ファンなどからはまったく箸にも棒にもかからない不逞の輩(苦笑)とみられてるらしい、なんてこともまったく気ならずというか理解できず、逆におもしろがってたりして、鉄道模型/模型鉄道を、単純に模型工作の対象又はおもちゃとして、手慰みに、いい加減に、不真面目に、そのときの気分次第で楽んでいるというわけですね。

だからべつにどうということもないんですけど、こういうタイプって、やっぱり生真面目な正当派鉄道模型趣味求道者的ファンとしては、異端視または無視するしかないだろうなあと、ちょっと愉快に思ったりもしています。

引用した文を読んで、たまたまそういうことに思いが至ったもので書き留めておくことにしました。

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