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2018年7月16日 (月)

ぐるっと東京はとバスツアー

暑いですねえ。暑すぎます。

ここんとこ体の痛みがひどくなってきてしまって動けないのでそれでなくても出歩けません。

東京に住んでいても東京を知らないし、はとバスツアーとか行ってみたいね、と家内と話していたのですが、それも大変だしということで、買ってしまいました。

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東京の観光名所のイラストが描かれたパネルを組み合わせてバスを走らせるおもちゃです。

スカイツリーのミニチュアも付いています^^;

これで部屋の中ではとバスツアーで名所巡りをする気分になったつもりで遊んでいます^^;

ところで、イラストの中で分からないところが3つほど。

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ネット画像検索などしてどうやら下のは日枝神社だと当たりをつけたのですが……上の二つはいったいどこなのでしょう?

と悩んでいたら、左上は東京駅じゃ?という意見をいただいて、確認したら、これ、最上階と屋根を復元前の姿なんですね。製品に貼られたはとバスの意匠許可?シールを見たら2012年になっていました。発売されたのが復元前だったというわけでした。(^^)

しかし、右上のは相変わらず分かりません。いったいどこなんでしょう?

追記:

東京駅、よくよく確かめたら、中央部は復元後もこの姿、つまり最初から、この仮設三角屋根だったんですね。なんか両袖と釣り合いが取れていないようなデザインに見えるけど、最初からこういう設計だったのかなあ?ちょっと不思議な気がしました。

2018年7月11日 (水)

シーサイドビーチマイクロレイアウト (鍋敷きマイクロレイアウト その2)

思うところあって、砂を撒くことにしました。

で、うまくいくか、かまぼこ板でミニシーンをつくって確かめます。砂に埋もれた浜辺のトロッコという感じでヤシの木も立ててみました。

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うん、まあ、なんとか雰囲気出そうですね。ということで、一気に砂を撒いてしまいました。収納する箱がないかなと家人に聞いたら、押入れの上段全てを占領しているダンボールや菓子箱、袋、スポンジ他の梱包材をひっくり返してちょうどぴったり収まる羊羹の箱を出してきてくれました^^;

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使った砂は、大昔に娘がオーストラリアに行った時にペットボトルに入れて持って帰ってきてくれた浜辺の砂……だと思ってたのですが、どうやら10年ほど前に庭にレンガを敷いた時に使った残りの砂のようです。どちらも似た感じだったので勘違い。しまったなあ^^;

ひきつづき、思うところあって、ヤシの木を使ったミニシーンをつくってみました。なんかちょっと雰囲気つくりたくて街灯を立てて貝殻をあしらってみました。

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なんかたりん。というわけでお約束通りのヌードフィギュア?を設置。

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完成したミニシーンを砂を撒いて貝殻をあしらい真ん中に時計をはめ込んだ鍋敷きレイアウトにくっつけて、夏らしく、シーサイドビーチマイクロレイアウトの完成です。

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5分おきに2分間ほど走るようになっています。

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2018年7月 9日 (月)

半世紀前の中学校技術家庭科でつくったチリトリとスツールが現役でした^^;

実家で片付けをしていたら、半世紀ちかく前に中学生だった自分が技術家庭科の授業でつくったチリトリとスツールが現役で使われているのを発見。

びっくりしました。どちらも塗装がはげたり傷がついたりしていましたが、チリトリは庭掃除に、スツールは土間で文字通りスツールや物置台として使われていました。

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チリトリは設計製図、ブリキ板(トタン板?)の板金加工、半田付け、それからアルミリベットかしめ止めとラッカー塗装、スツールは設計製図、木取り、カンナがけ、ホゾ切り、釘止めの枕頭ダボ埋め化粧加工、ペーパー処理、オイルステイン塗装を学ぶためだったと思います。このほかに文鎮のヤスリがけ加工とつまみ取り付け穴のドリル加工、タップ立ての工作があったはず。これで木工と金工の基礎的な技術を一通り学んだことになります。

教材として購入させられた一揃いの木工用道具工具はいまでも実家で使っています。

当時の男の子は義務教育で木工、金属加工を学び、道具も手元にあって、誰でも一通りのDIY工作ができるようになっていたんですね。

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もっと昔はこのほかに自転車の分解、灯油洗い、組み立てまでやったと聞かされました。自分たちはなにかもっと簡単な道具の分解組み立てだったような^^;

電気関係は、ゲルマニウムラジオくらいだったでしょうか? できる生徒はすでにハムの免許なども持っていたように思います。そんな時代でした。

息子の時代にはもっと簡略化されて、本立てとか文鎮とか、その程度の工作だったように記憶しています。

今は、こういう工作技術よりも、コンピューターのプログラムなどを教えているんでしょうか? 技術家庭の授業はどうなっているのか、ちょっと興味があります。

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